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アメリカの「効果のある学校」

SFの高校で調査を行っている人に同行し、丸一日、学校を見学させてもらいました。

 

訪問した高校は、生徒のおよそ半分がラティーノ、3割がブラックの学校です。家庭での言語が英語ではない生徒も少なくありません。また、「低所得者」としてカテゴライズされる生徒の割合は8割を超え、一言で言うと、「大変な」学校なのです。

 

ただ、この学校のすごいところは、「大変な」状況の中で、州平均や市平均をはるかに超える成績を出しており、大学進学率も高いところです。また、ドロップアウトする生徒の比率も低く、多くの生徒が学校に包摂されています。

このようなことは一般的には考えにくいことです。

 

そういうわけで、楽しみにしていた高校訪問。

 

授業にはほとんどついていけませんでしたが、おもしろいことはたくさんありました。

 

(1)遅刻の多さ

金曜日で疲れているということもあって、遅刻してくる生徒がとても多かったです。見ていた授業がたまたま「読書タイム」(30分!)で授業を始めていたので、みなそれぞれがめいめいに来て、席に着いていました。遅れても何も言われませんが、教室の入り口の台紙に自分の名前を書き込む必要はあります。

 

(2)アウトプットの多さ

授業ではとにかくアウトプットの機会が多かったです。感想の交流は輪になって。2時間目の授業では「愛の定義」について、みんなの考えを交流していました。アメリカ史の授業でも、知識のインプットではなく、1882年の「中国人排斥法」はなぜ成立したかを資料をもとに考えて、自分なりにストーリーをまとめるという授業を行っていました。

 

(3)「統制」の弱さ

授業開始の時間を守る、ということ以外は、これといった決まりはないように感じました。授業の始まる前には、先生が大声でカウントダウンをし、生徒が急いで教室に駆け込むという光景も見られました。しかし、それ以外は、これといった決まりがないのです。飲み食いはOK、携帯もOK、イヤホンもOK。人に迷惑をかけること、人の権利を尊重しないような行為は禁じられていますが、それ以外は比較的「ゆるい」雰囲気なのです。

 

他にもおもしろいことはたくさんありましたが、翻って日本の学校は、もっと自由になってもいいのではないかと考えざるを得ませんでした。

 

本の学校は、枠組みを重視します。

そして、一度できあがった枠組みから生徒が外れていくことを極端に嫌います。

できるだけ枠組みから外れないようにしながら、枠組みの中で生徒を育てて、「学力保障」や「学力向上」を考えていくのです。

「効果のある学校(effective school)」の研究でも、日本では「生徒を荒れさせない」ということが一番に言われていたりします。「生徒を荒れさせない」というところの捉え方には様々ありますが、「ルールをきちんと守る」「授業規律を徹底する」と同義に語られることが少なくありません。

しかし、「荒れ」は社会的に構築されるものでもあります。つまり、「枠組み」から外れることを「荒れ」と捉えるならば、「枠組み」がなければ「荒れ」も存在しないと言えるかもしれないのです。

そういう意味で一見めちゃくちゃに見える学校でも、生徒たちがきちんと授業で学ぶことができていたのです。

アメリカの方が圧倒的に文化の多様性があり、「枠組み」を設定することに大きな意味はないのかもしれませんし、日本の文脈と同列に語って、「日本はダメだ!」と言うのも間違っています。しかし、日本の学校ももしかしたら、もう少し柔らかくなれるのではないかとも思います。そうすることで、社会的に作られる「荒れ」を減らすことができるかもしれません。

 

ただ、ゆるくやっているだけでは意味がありません。

訪問した学校で重要なことは、教師たちが本気で「生徒たちに学ばせたい」「将来に生きていく力をつけたい」「アメリカ社会を変えたい」と思って、教育活動を行っていた点に尽きます。

 

普段接している日本の教育と違ったものを見て、とても勉強になった一日でした。

 

最後に、給食の写真を。

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4ドル(生徒は3ドル)で買えるランチ。

生徒にはあんまり人気がないみたい。