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均等に学校に通うことのジレンマ

先日、こんなニュースが出ていた。

低成績の生徒を支援することが、社会にも経済にも必須 - OECD

2016年2月12日ニュース「低成績生徒減少に機会均等な教育が効果」 | SciencePortal

 

この中で気になる記述があった。

報告書の基になっているのは、15歳の生徒を対象にしたOECDの国際的な学力調査(PISA)で得られたデータ。社会経済的に優位なバックグラウンド (素性)を持つ生徒とそうでない生徒が同じ学校で学ぶことが、低成績の生徒が少ないことと強く関連している。つまり、教育リソース(資源)と学生をより平等に学校に分配するシステムこそが、低成績の生徒にとって利益となり、好成績の生徒に不利益にもならない理想的な状況をもたらす、としている。

 

これは、よく言われることだ。

つまり、低成績の生徒がたくさんいると、成果を出すことはとても難しくなる。

逆に、勉強の苦手なある生徒は、好成績の仲間が多いクラスに入った方が学力が引っ張り上げられる。いわゆる「ピア効果」というものが働く。

 

現実の学校現場では、たとえば習熟度別指導をした際に、習熟度の低いクラスでこのようなことが起こりやすい。一から丁寧に教えようと分けてはみたけれど、授業を引っ張る生徒がいなかったり、ロールモデルが身近にいないため、学習が難しくなる、というようなものだ。こういう話を時々耳にする。

また、進学先が早期に分かれる「分岐型」の教育制度がある。たとえば、ドイツでは、州によって異なるものの、分岐型の教育システムを取りやめ、総合学校と呼ばれる統合型の義務教育の学校が普及し始めている。「早期のふるい分け」の弊害が問題視されるようになったからだ。

 

「社会経済的に優位なバックグラウンド (素性)を持つ生徒とそうでない生徒が同じ学校で学ぶこと」は、とても良いことだと思う。色んな子どもが一緒に学ぶ、というのは、耳ざわりも大変よい。

 

日本の公立小中学校は、他国に比べると、きわめて均質的である。

しかし、それでも学力の学校間格差はやはり存在するし、そこには校区の社会経済的背景が影を落としていることは間違いない。つまり、同じ公立学校でも、「○○の学習院」と呼ばれるような学校もあれば、就学援助を受給している子どもの割合が7割を超える学校もあり、そこには大きな学力格差がある。

 

この問題を解消するために、校区を再編成して極力色んな背景の子どもが一緒の学校に通えるようにすればよい、という考え方もあるかもしれない。その方が、学力格差は縮小されるかもしれない、と。

 

ほんとうにそれで良いのか。

何か大事なことを見落としていないか。

 

しかし、それをするにはとても抵抗があるだろうし、そんなことはありえないだろう。

地域に根ざし、そこの子どもが通ってこその公立学校であると思うし、何より倫理的配慮に欠ける政策である。そもそも「学力がそんなに大事なのか!」と声を大にして言う人もいるだろう。

 

かつてアメリカでは、人種差別を強権的に撤廃するために、「強制バス通学」と呼ばれる通学方法を採っていた。しかし、やはりうまくいかなかった。

 

今回、あえて校区再編の問題について考えてみたのは、そこで思考停止しないためだ。

成績の低い子どもを成績の良い集団に入れればOK!とはいかない学校もたくさんあるはず。そこでどうするかが重要なのである。

「しんどさ」が積み重なり、身動きが取れなくなるような状況から立ち上がる術を、我々は見つけ出さなければならない。

 

無理矢理に今回の記事を活かすなら、複式学級的に、上の学年の子どもと一緒に勉強することが良いかもしれない。たとえ好成績の子どもでなくても、一日の長を活かすのである。同じような効果が得られるかもしれない。

果たして、今回の結果をどう活かせばよいのだろうか。